カメラ探訪

ヒオドシチョウ --- Nymphalis Xanthomelas ---
 は、春を告げる蝶です。 多くの成虫越冬種が、真冬でも暖かい日があるとフラフラと飛び出すのに対し、 この蝶の眠りは深く、3月になるまでに姿を現すことは稀なようです。 今年2009年は3月7日、福山市横島の切石山山頂で初見でした。 ヒオドシチョウが飛び始めると、いよいよ春本番が近い、という実感が湧いてきます。
越冬から目覚めた蝶
は長い冬をすごしてきたからボロボロになっている、 というのは、ヒオドシチョウには当てはまりません。 冬眠明けの個体は新生蝶かと見まごうばかりに赤く美しい。




去年の5月に羽化したものとは到底思えません。 羽化後、2週間程度活動した後、そのまま夏眠に入り、 秋も活動せず冬眠し、春になって初めて本格的に活動する、 とされていますが、さもありなん、と納得できる新鮮さです。
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15 Mar. 2009 笠岡市有田 鴻の峰山頂
残念ながら、この美しさは急速に失われます。 春のヒオドシは非常に活発です。陽のあたる地面、 とくに暖かい石の上などを拠点に、占有飛翔を繰り返します。 止まっていても、キッと上空を見張る姿は凛々しい。

すでに、だいぶボロボロになっていますね。
この個体も、一週間前はずっときれいだったはずなのに。
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21 Mar. 2009 笠岡市神島 栂の丸山頂

占有飛翔
Nym1 Nym1 はあまり高くは飛ばず、地表からせいぜい地上2mくらいが主です。
ギフチョウの撮影でヒルトップして、この蝶を見かけることは多い。 飛ぶ高さが完全に競合するのでヒオドシ君が一匹でもがんばっていると、 ギフチョウの撮影はがぜん難しくなります。それがまた楽しくはありますが。
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Nym1 Nym1 低く飛ぶときには、すぐに地面に止まることが多いようです。しかし、ある程度の高さを飛ぶときには、爽快な滑翔でテリトリーを宣言します。
飛ぶ蝶をよく見ると、分厚い翅にもかかわらず、よく光を通します。右下の写真の、新鮮な個体はさらに鮮やか。撮影も楽しくなります。
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 21 Mar. 2009 笠岡市神島 栂の丸山頂(左4枚、右上) 15 Mar. 2009 笠岡市有田 鴻の峰山頂(右下)

追飛
 は、早春のヒオドシチョウの重要な行動のようです。 地表で見張りについている個体は、相手がハエだろうが小鳥だろうが 上空を飛ぶものを見つけると、飛び立って追跡します。 アゲハチョウがなんとなく迷惑そうな顔をしているように見えますね。
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05 Apr. 2009 三原市筆影山山頂
相手が同じヒオドシだと、本格的な追飛が始まります。 もちろん、占有飛翔中の2頭が出会ったときにも起こります。 Nymphalis、Vanessaなどタテハチョウ一族の追飛は、 シジミチョウ類のエレガントな卍巴飛翔と違って非常に激しいものです。 いままで、翅で打ちあうとか、体当たりをする、 といったずいぶん荒っぽいことをしているようだな、と思っていましたが、 あまりにスピードが速く、本当のところ何が起こっているかは あまりよくわかっていませんでした。しかし、3月21日、神島にて、 運よく追飛する2頭を連写で捉えることができました。  

Nym1 [左] 地表の個体が上昇し、追飛が始まります。
おっ、始まった、と思ってあわてていたのでピンボケです(T_T)。

[右] 驚いたことに、いきなり組み合います。がっぷり四つ。左側の個体の翅表と、右側の個体の裏面が見えています。
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Nym3 [左] 足を使ってお互いに突き飛ばしあうように見えます。浴びせたおし!
こんなこと、してたんですね。

[右] 勝ち誇る上側の個体と、すこしうなだれて見える下側の個体。たぶん、突き飛ばしたほうが上側の個体だと思うのですが…
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Nym3 [左] 一見、下の個体が負けたようにも見えますが、そうではないようです。体勢を立て直し、相手をにらみつけながら再び向き合います。

[右] 第二ラウンド!こんどはぶつかり合いのようです。
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Nym3 [左] ぶつかったあと、すばやく離れますが相手のほうを向く姿勢は崩しません。

[右] 再び激しいぶつかりあいです。
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Nym3 [左] 二頭が激しく絡み合いながら急上昇を始めます。ピントはまったくついていけません(T_T)

[右] 鉄塔にそって、どんどん上がっていきます。
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 EXIFによると、秒5コマの連写で、この10枚はちょうど2秒間のドラマです。 このあと、いつものように2頭はどこまでも高く上がっていき、 ついに青空の中に姿を消しました。

追飛は、縄張りを守るための行動である、といわれています。しかし、 ヒオドシチョウ、ルリタテハ、アカタテハなど占有行動をとるタテハチョウは、 追飛の後半は高々と舞い上がり、もとのテリトリーを遠く離れていくことが 普通です。数分たつと、何事もなかったかのように戻ってきますが、 ほぼ例外なくもとの個体のように思われます。 つまり、追飛は、縄張りをめぐる戦い、とはいえない、とわたしは考えています。 縄張り行動と、ぶつかりあいやつかみあいの起こる激しい追飛は、 別なのではないか、ということです。

追飛して遠くまで飛んでいき、戻ってくるまでの間に第三の個体が縄張りに入ったら どういう行動をとるのだろう?この日は、その答はみつかりませんでした。
意外にひとなつこい蝶
でもあります。最初は、関係がギクシャクしていて、 チョウも迷惑そうにして距離をとっていて、 撮影もはかどらないのですが、そのうち、だんだん馴れてくるようです。 ついには、カメラマンとはテリトリーへの侵入者である、と気づくようです。 そうなればしめたもの。カメラへ向かってくるからです。 もしかすると、レンズの前面のフィルタに映る自分の姿に向かっているの かもしれませんが。

ただ、たいへんなスピードでカメラに向かってくるので、 運動神経が追いつかず、どうしても後ピンになってしまいます。

一人で撮影していて、自分の肩や頭に止まることもあるのですが、 これが撮影できないのも困りモノです。
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ともあれ、冬眠明けの、赤く美しかったチョウは、 こんなことをやっているうちにボロボロになっていきます。 でも、この激しさ、ひげもじゃの野武士の面構えには、 むしろ傷んだ翅が似合うのかもしれません。 ピンと立てた触角、脚を伸ばして体を上向きにし、少しでも 上空が見えやすく、あるいは飛び立ちやすくしているのでしょうか。


勇ましい姿ですね。加えて、わたしはふわふわした体毛 が春の日差しに光り、春風になびくのを見るのが大好きです。
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21 Mar. 2009 笠岡市神島 栂の丸山頂

何を食べているのか
は、よくわからないことのひとつです。 早春に見かけるこの蝶は、 たいてい山頂や林間の空き地を占有する個体です。


3月はそんなところに花も樹液もなく、 いったい何をエネルギー源にして、 あれほど活動的な飛翔を繰り返すのか、まったく不思議です。

4月になると花が咲き、訪花する姿が見られるようになります。 右のものは山頂の桜に来たもの。一息つくとまたいつもの 占有行動に戻っていきます。
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12 Apr. 2008 笠岡市有田 鴻の峰山頂

配偶行動
は、もっとわかりません。
♂が山頂を占有する種は、未交尾♀も同じく山頂へ上がってきて、 そこで交尾が成立することが多く、ヒオドシチョウも同じ 行動をとるに違いない、と思っているのですが、未だにその場面に 遭遇できません。

早春のこの時期、♀たちはどこで何をしているのか。 ♂♀の追飛や交尾がどのように行われるのか。 産卵も残念ながら一度もお目にかかったことがありません。


その答えを教えてもらうためにも、
また来春、ここでキミの子供たちに会おう。
Nym1
21 Mar. 2009 笠岡市神島 栂の丸山頂
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写真と文:岡山昆虫談話会会員 藤本徹哉

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